洛和会ヘルスケアシステムは「医療」「介護」「健康・保育」「教育・研究」の総合ネットワークです。

創立70周年記念サイト創立70周年記念サイト

洛和会ヘルスケアシステム

  • 標準

アスリートvice“医療 × アスリート”
洛和会ヘルスケアシステムで働く職員のインタビュー

全ての選手が悔いなく、思いきりプレーできるように

丸太町リハビリテーションクリニック 理学療法士

竹本 裕樹(たけもと ひろき)

大阪府出身。行岡リハビリテーション専門学校を卒業後、2010(平成22)年から医療法人 錦秀会 阪和第二住吉病院 リハビリテーション部にて勤務。2015(平成27)年4月、丸太町リハビリテーションクリニックへ入職し、スポーツリハビリテーションを中心に担当。2016年(平成28)、京都府ラグビーフットボール協会SA(セーフティーアシスタント)認定証取得。京都市立京都工学院高等学校(旧・京都市立伏見工業高校)ラグビー部メディカルサポートスタッフ。

(2018.10.5)

サッカーから始まった、スポーツと関わる人生

とにかく体を動かすことが大好きな子でしたね。小学校1年生から姉の影響でサッカーを始めました。体も大きかったので、ポジションはずっとキーパー。中学2年生のとき、クラブチームの大会で全国大会に出場したことがあるんです。結果はベスト16でした。関東のチームとはレベルが違い過ぎて、驚きとともにスポーツの厳しさを知りましたね。

強いチームでプレーがしたい。ラグビーとの出会い

その後、大阪の淀川工業高校(現・大阪府立淀川工科高等学校)に進学しました。当時からラグビーの強豪として全国的に有名な高校でした。強いチームでもまれるのも楽しいかな、と思ってラグビー部に入りました。1年生の部員は約50人。そのうち、私以外はほとんどが経験者…というよりもラグビーをするために淀川工業高校へ来たメンバーばかりでした。

全国区のチームに未経験で入部。不安はなかったですか?

あまり気にならなかったですね。怒られてもただがむしゃらに頑張っていたら、2年生の頃からレギュラーに入れるようになりました。そして、その年の終わりに3年生と監督の推薦でキャプテンに選ばれたんです。今まで以上にラグビーにのめり込み、高校時代は部活の思い出しかありません。

キャプテンとして挑んだ試合の結果…

3年の11月に行われた全国選手権の大阪大会が引退試合になりました。結果はベスト4。実は、その試合に私自身は出場できなかったんです。肩の手術をした後で、ドクターストップが掛かっていました。タックルでボロボロになって、2年生ぐらいからずっと脱臼が治らなくて。悔しかったですね。でも、このけがが今の仕事を目指すきっかけになったんです。

けががきっかけで目指した理学療法士

手術後、リハビリを担当してくださった理学療法士の先生に、体だけでなく心のケアまでしていただき、すごく助けられました。その先生に憧れて、私も理学療法士になりたいと思ったんです。でも、そのときは既に就職先が決まっていたので、「3年間しっかり働いて辞めよう。それから理学療法士になろう」と。そして卒業後は予定通り企業に就職し、3年半勤めた後、理学療法士を目指して専門学校に入学しました。学校はとにかく実習が大変で。当時は実習が始まるとほとんど寝られませんでした。でも、持ち前の負けず嫌いを発揮して、根性で乗り越えました。いろんな人と接するにあたって、一度社会に出た経験は大きかったです。

夢をかなえても続く、勉強の日々

病院に勤め始めたときは、純粋にうれしかったです。国家資格を取って、自分のやりたい仕事に就いて。ただ、やりがいのある分、難しいことが多いのも事実でした。1年目は少しずつ良くなっている患部の状態に気付くことすらできなかったり。つくづく日々の勉強が大事だと思いましたね。でも、一番実感したのは、やっぱり患者さんに喜んでもらえる仕事だということです。「ありがとう」「先生のおかげで良くなりました」というお声をいただくと素直にうれしくて。これからもずっと、そういう気持ちを大切にしていきたいです。

丸太町リハビリテーションクリニック(以下MRC)に勤められたきっかけは?

MRCが立ち上がるとき、以前から少年野球の肩肘検診ボランティアでお世話になっていた洛和会丸太町病院古川医師とMRCの松井さん、東さんに声を掛けていただきました。母体に病院があり、信頼できる医師がそばにいてくれることで安心して治療に取り組めるのがありがたいです。大変なこともありましたが、手探りで駆け抜けた、あっという間の4年間でした。今では自分のやりたいことにどんどんチャレンジできる環境に感謝しています。

「チャレンジしていること」を教えてください

京都市立京都工学院高等学校(旧・京都市立伏見工業高校)ラグビー部のメディカルサポートがその一つです。ドラマ『スクールウォーズ』のモデルになった山口良治総監督が2年ほど前にMRCへリハビリに来られ、ラグビー経験のある私が担当させていただくことになりました。そして山口総監督の「うちのラグビー部も見てくれへんか?」という一言がきっかけで、その年の夏合宿からサポートスタッフとして参加し、今に至ります。部員約90人、強豪が集まる京都の中でも名門として知られるラグビー部ですから、とても光栄なことです。

「信は力なり」を掲げるラグビー部のメディカルサポート

主に試合に帯同し、選手のけが予防や起こってしまったけがの対処、リハビリなどを行っています。公式戦や夏合宿には業務出張として参加させてもらい、毎週木曜日は社会活動の一環として部活の練習に顔を出しています。そこではより競技に近い「アスレチックリハビリテーション」といわれる、跳んだり走ったり、グラウンドでどのくらいまで動けているか、競技に戻る直前のチェックを中心に行っています。

「スポーツ選手」のリハビリ

基本は1日でも早く、無理なく復帰させることです。選手はいつ復帰できるかが一番気になるところなので。選手は早く復帰したい。監督・コーチも早く復帰させてやりたい、戻ってきてほしい。でも戻れるけがじゃない…という場合がやっぱり現実にはあるんです。大切なのは伝え方と信頼関係の構築ですね。監督とコーチにはなるべく細かいスケジュールをお伝えするようにしています。「○日までにグラウンドに戻します」「翌週にはダッシュを終わらせて、その翌週にはコンタクト練習始めます」「○月の試合には出られるようにします」など、監督が知りたいのはここなんですよ。それが分からないと大会のメンバーも組めないし、チーム全体の練習内容も決められないので。

スポーツを通して身に付けたスキル

自分が選手だったころ、いろんな気持ちを経験しているので、患者さんの焦りや不安を理解できるのが強みだと思っています。あとは、やっぱり「チームワーク」ですね。患者さんだけでなく、ドクターに相談したり、ご家族と協力したり。相手の気持ちを思いやりながら力を合わせることの大切さはチームスポーツと通ずるところがあります。ラグビーは「楽苦備」と語呂合わせで書くくらい、忍耐が求められるスポーツです。学生時代に身に付けた、我慢強さとリーダーシップ、最後まであきらめない精神で業務にあたっています。

子どもたちが、心からスポーツを楽しむ手助けがしたい

高校生のとき、最後の試合に出られなかった悔しい気持ちが今でも残っていて。本当に悔しかったんですよ。今、現役の子どもたちにあんな気持ちを味わってほしくありません。ラグビーに限らず少しでもそういう選手を減らして、思いっきりプレーする手助けができたらな、と思います。

丸太町リハビリテーションクリニック

〒604-8405 京都市中京区西ノ京車坂町12
TEL:075(802)9029
月~金曜日:午前8時30分~午後5時
※土・日曜日・祝日・年末年始(12月30日~1月3日)を除く

共有:
このページをシェアする このページをツイート
取材のお申し込み先

洛和会ヘルスケアシステム 広報 アールプランニング
TEL:075(594)8488
kouhou@rakuwa.or.jp