矯正・顎矯正外来
手術によって生じる問題もよく考えてみましょう
顎矯正手術は全身麻酔下で行われる手術です。手術中、患者さん御本人には何をどうされているのか、うまく行っているのか分かりませんし、鏡を見て確認してもらうわけにはいきません。手術の執刀医とスタッフにまかせてしまうわけですから信頼していただくことがまず必要ですが、かといってどのようなことをするのか、手術にはどんな制約があるのか、どんな問題が起こりうるのか理解されないまま手術に臨むのでは良い結果を生まない場合があります。
顎矯正手術はほかの身体の病気や事故に対して行われる手術と同様、「病気を治す」ための治療であって、決して「保険のきく美容外科」ではないこと、手術ですから思わぬ事故や不具合が生じる可能性は常にあることを念頭に置いて以下を読み進めていただきますようお願いいたします。
- 全身麻酔による死亡事故は日本では0.06%の確率で起こっているそうです。過去に顎矯正手術(骨切り)によって命を落とされた方が日本でも何人かおられます。全身的には健康な方がわざわざ全身麻酔で手術を受ける訳ですから成功して当たり前、何か問題があれば医療ミスだ、失敗だと考えられるかもしれません。しかし骨切りは非常に高度なテクニックを要する芸術的な手術です。日本中の口腔外科医が日々研鑽し技術と知識の刷新を心掛けていますが、常に完璧な結果が必ず得られるほど医学は進歩していません。
- 手術には不測の事態が起こる可能性があります。予想していたよりも出血量が多くなった場合にはご家族に承諾を得て輸血をする場合があります。また骨の切れ方、骨の性状、軟組織の抵抗などによって予定していないチタンプレートの使用を行うことがありますし、術前に予期できない神経・血管の異常走行によって手術を途中で中止せざるを得ない場合、止血や関節脱臼などのために再手術を必要とする場合もあります。
- 顎矯正手術は上顎骨、下顎骨、またはその両方を動かす手術です。顔面骨の中央と下方が変化するわけですから「顔が変わる」ことは絶対に避けられません。顔を変えたくないという方は通常の歯科矯正治療をお考えください。特に上顎の手術では鼻の形が変わることもご承知ください。
- 上顎骨、下顎骨は歯科医学的に最も望ましいと考えられる位置に動かします。その時に移動の指標となるのは「正しい噛み合わせ」です。手術前には矯正治療が必要ですが、噛み合わせが整っていないと手術はできません。また痛みが出るような虫歯、埋もれた親知らずなどの治療が終わってないと原則として手術は受けられません。
- 噛み合わせを優先して動かしますので、顔貌の変化は御本人にとって望ましいものかどうかは誰にもわかりません。手術に期待されていた変化と実際とはずれてしまうかもしれませんし、むしろ悪化したと思われるかもしれません。手術前にコンピュータによって予測顔貌を見せてもらわれる場合もあると思いますが、それはあくまで予測であり手術に過度の期待はしないでください。
- 顔の表面には傷を作らずに手術することを基本としていますので、おのずと手術操作できる範囲には制約があります。また骨は神経や血管に囲まれていて、移動できる距離・方向に制限があります。さらにどんなに注意深く手術しても神経が障害を受けてしびれが出る可能性があることは否定できません。手術は魔法ではなく、できることとできないことがあるのです。一般社会の常識と同様、「無理なものは無理」であることをご承知ください。
- 人間の顔は解剖学的にはもともと非対称であると言われています。顔の真ん中を鏡で割っても左右対称な顔をされている方は存在しません。手術で意図的に左右非対称な位置にアゴを動かすことはありませんが、前記のように噛み合わせによる制約、操作範囲・神経などによる制限、骨の形態や切り離した面の形などによって結果として非対称が生じる可能性があります。手術後6か月すると落ち着いてきますが、片方は噛みにくい、歯がないなど左右のバランスが崩れている場合は変形が持続あるいは悪化します。クセを治して歯も補うなど手術以外の方策が必要ですし、時間がかかることをご理解ください。
- 人間の骨は常に古い部分が吸収され、新しいものと置き換わっています。手術で新しい位置に動かした骨の形も出ている部分は引っ込み、引っ込んでいる部分は出てきてなだらかになっていきますが、それには半年~1年以上かかりますし噛み癖や筋肉・皮膚の緊張具合によって思わぬ形になっていく場合があります。特に男性の場合は皮膚が硬い、比較的年齢の高い方は血流が悪いなどの理由により骨の新陳代謝が順調に行われないことが考えられます。
- 近年話題になっている睡眠時無呼吸はアゴが小さくて後方にある方に起こりやすいとされています。これは舌の位置が後方に押されていて気道が狭くなることが原因だと言われていますが、下顎前突に対して後方に移動させる手術を行うと一時的に舌が収まる場所が小さくなるので気道も狭くなる傾向があります。しかし下顎前突の方はもともと気道が広いことが多いのと、狭くなっても術後数か月で術前の気道の大きさに戻っていくという報告が多く、無呼吸の直接的な原因にはなりにくいと考えられています。ただし、従来より睡眠時無呼吸を自覚されている方は下顎を後方に動かすと症状が悪化する可能性があります。
- 手術によって得られた新しい口腔環境に適応するためには術後の矯正と機能訓練(リハビリテーション)が重要です。これを怠るともとの位置に顎が動いてしまい(再発)、手術の効果が失われてしまいます。