肩関節脱臼
肩関節脱臼とは、肩関節において肩の受け皿(肩甲骨関節窩)から、うで(上腕骨骨頭)が外れた状態を指します。
外傷による肩関節の脱臼は、ラグビー、アメフト、柔道などのコンタクトスポーツでよく発症し、多くが肩関節「前方」へ脱臼します。また、日常生活での転倒や交通事故の際に強い外力が加わることでも起こります。まれに肩関節「後方」に脱臼する場合もあります。
肩関節は一度脱臼を起こすと、その後はより弱い外力が加わっただけでも脱臼しやすく、日常で繰り返し脱臼しやすくなります(反復性脱臼)。人によっては自らの意思で脱臼させることができるようになってしまう場合もあります(随意性脱臼)。
前方に脱臼する反復性肩関節脱臼では、肩関節外転・外旋する動作(腕を横に上げた状態で後方にひねるような動作)に不安感が生じ、肩関節前方の不安定性があり、同部に圧痛があることが多いです。
病態
スポーツ種目別の頻度の高い受傷機転
スポーツ種目 | 受傷機転 |
---|---|
ラグビー・アメリカンフットボール | タックル |
サッカー | 相手と接触し転倒 |
柔道 | 投げられて手をつく |
バスケットボール | ボール争いでの接触、パスカット |
野球・ソフトボール | ヘッドスライディング、ダイビングキャッチ |
バレーボール | フライングレシーブ |
テニス・バドミントン | スマッシュ、サーブ |
スノーボード・スキー | 転倒 |
初回の肩関節脱臼の年齢が若いと反復性脱臼に移行しやすいと言われています。肩関節は上腕骨と肩甲骨との間の関節で、接触面が小さく不安定で、関節包や関節唇という軟部組織に支えられています。
大きな外力が加わり、肩関節が脱臼すると、多くの場合はこの軟部組織(関節唇)が剥がれます。この剥がれた病変をバンカート病変と呼びます。この病変を元の位置に修復するのが、鏡視下Bankart(バンカート)修復術です。
また、当クリニックでは脱臼回数が多く靭帯の損傷が強い人や、ラグビーやアメリカンフットボールなどのコンタクトスポーツを行っている人には、鏡視下Bankart&Bristow変法(以下B-B変法)という手術を行っています。
分類
脱臼の程度
- 脱臼:上腕骨頭が肩甲骨関節窩の関節面より完全に離れ、自力では整復できません。
- 亜脱臼:上腕骨頭が肩甲骨関節窩上を関節面の接触を保った状態で一過性に偏位しますが、すぐに自然に整復されます。
脱臼からの期間
急性か陳旧性に分けられ、受傷後3週間以上経った場合は陳旧性とされます。脱臼期間が長期にわたると、周囲の軟部組織の拘縮や癒着のみならず、骨頭や関節窩の変形・骨欠損が生じます。
脱臼方向
前方脱臼
上腕骨頭が肩甲骨関節窩の前方に逸脱した状態で、全肩関節脱臼の90%以上が前方脱臼と言われています。脱臼した骨頭の位置により烏口下脱臼・関節窩下脱臼・鎖骨下脱臼・胸郭内脱臼に分けられます。反復性前方脱臼では手術療法が必要なことも多いです。
後方脱臼
上腕骨頭が肩甲骨関節窩の後方に逸脱した状態で、肩前方からの直逹外力や転倒して手をつくなど、肩屈曲・内転・内旋位で軸圧がかかった際に脱臼します。その発生はまれですが、脱臼を見逃されて陳旧性となって発見される場合も多いです。脱臼した骨頭の位置により肩峰下脱臼・関節窩下脱臼・棘下脱臼に分けられます。
上方脱臼
肩内転時に、強い前上方への力により骨頭が関節窩上方に脱臼する非常にまれな脱臼です。肩峰・肩鎖関節・鎖骨・烏口突起・上腕骨大小結節の骨折や、腱板・上腕二頭筋腱・神経・血管などの軟部組織の損傷を伴います。
下方脱臼(直立脱臼)
肩への強い過外転力により発生します。上腕骨頸部が肩峰にぶつかり、骨頭が下方関節包を損傷して関節窩下方に脱臼する、かなりまれな脱臼です。
治療方法
受傷
安静固定
保存療法
手術療法
手術
リハビリテーション
- 患部機能の改善
- 全身機能の改善
- 再発防止、動作改善
競技復帰
手術療法
手術が必要な場合、肩関節脱臼に対する制動術を行います。 大きく分けて、3つの方法があります。
Bankart修復術
肩関節の脱臼により、肩甲骨関節窩の前下方にある骨や関節唇が剥がれる事をBankart病変と言います。この病変を修復する手術をBankart修復術と言い、最近では鏡視下での手術が主流となっています。関節窩欠損が大きい場合、関節窩への骨移植など他の術式を検討します。
Bristow法
肩甲骨上方にある烏口突起を切離し肩甲骨関節窩前方に移行する手術です。関節外での共同腱によるスリング効果や肩甲下筋の緊張による脱臼防止効果で健常肩よりも強い脱臼防止効果、さらにBankart修復術を加え、より高い制動効果を期待できます。
Latarjet法
Bristow法のように肩甲骨上方にある烏口突起を切離し、肩甲骨関節窩前方に移行する手術です。肩甲骨関節窩の欠損が多い場合に適応となり、骨の移行方法がBristow法と異なります。
術後リハビリテーション
手術後、約3週間は装具を用いて肩関節をできるだけ安静に保ちます。術後3週間以降は、可及的に可動域訓練を開始し、関節可動域の再獲得を図ります。
3カ月経過し、関節可動域が回復すれば筋力トレーニングや競技特性に応じた運動機能改善を図ります。手術後、4~6カ月経過し、筋力が回復すれば競技復帰となります。
術後の流れ
メディカルリハビリ初期(術後すぐ~3週間)
痛みが生じない範囲で肩甲骨を動かすことから始めます。
メディカルリハビリ中期(術後3週間~3カ月)
術後3~6週目
装具を除去し、肩関節の可動域訓練を始めます。また、低負荷での筋力トレーニング、仰向けで両手繋いで腕を上げる練習や腕を前方に突き出す練習、体幹のストレッチなどを行います。
術後6週目以降
ランニング、自転車に乗る、手をつくのが許可されます。
チューブを使って肩関節周辺の筋力トレーニングや全身運動を行っていきます。
メディカルリハビリ後期、アスレティックリハビリ期(術後3カ月~6カ月)
ウエイトトレーニングが許可され、高負荷でのトレーニングが可能になります。復帰に向けて、筋力測定を行います。(Biodex)
筋力が健側と比べて90%以上の回復を目安とし、競技復帰となります。
競技特性を考慮したリハビリテーション
ラグビー
ラグビーにおける肩関節周囲の外傷のうちタックルによるものは65%を占めており、その中でタックルが原因で発生する肩関節脱臼は62%であったという報告があります。
また、日本の高校ラグビーにおける肩関節外傷の原因の67.6%がタックルによるもので、タックラーによるものが多いとされています。その一方で、肩関節脱臼の発生率はタックラーよりもタックルを受けるボールキャリヤーにおける発生頻度が高いとする報告もあります。つまりタックルに関係する肩関節脱臼が発生するリスクはタックルを受けるボールキャリヤーとタックルに入るタックラーのどちらにも存在し、タックルに関する肩関節脱臼予防や再発予防を考える際にはタックルする技術だけでなく、タックルされる側の技術も必要とされます。
公益財団法人日本ラグビーフットボール協会主催の安全推進講習会で提唱されている「good technique = safe technique」の通り、基本に忠実な正確なプレーをすることは外傷を負うリスクの少ないより安全なプレーを生み出すと考え、当クリニックではベッド上でのリハビリテーションだけではなく、広い施設を有効活用してタックル姿勢の評価や動作指導を行い、再発予防や他の外傷を防ぐことも考えて展開しています。
野球
野球はコンタクトプレーが比較的少ないスポーツですが、まれにヘッドスライディングやダイビングキャッチによって肩関節脱臼が生じるケースがあります。
当クリニックでは投球中に肩の前方脱臼を受傷し、Bankart修復術などを施行した症例に対して柔軟体操や筋力トレーニングといったリハビリテーションだけではなく投球動作指導を行い、投球動作の再獲得を目指しています。投球のための「しなり」と脱臼を制動するための関節の安定性の両立が必要です。