肩関節上方関節唇損傷(SLAP損傷)
上方関節唇損傷(Superior Labrum Anterior and Posterior lesion、以下、SLAP損傷)とは野球やバレーボールなどのオーバーヘッドスポーツ(※1)における投球動作やアタック動作などを反復することによって上腕二頭筋長頭腱に負荷がかかり、関節唇(※2)の付着部が剥がれてしまう状態を指します。
また、腕を伸ばした状態で転倒した際に上腕骨頭の亜脱臼に合併してSLAP損傷が生じることや、交通事故などの外傷性機序で発症することがあります。スポーツでは、スライディングで手をついたり、肩を捻った時に発症することがあります。
※1…野球の投球やバレーボールのスパイクなど自分の頭の上で手や腕を動かすスポーツのことを指します。
※2…肩甲骨関節窩(臼蓋、上腕骨の受け皿)の周囲にある繊維性の軟骨のヒダのことを指します。役割は肩関節の安定性の向上や緩衝作用と言われ、部位別に上方、下方、前方、後方などと分けて呼ばれる場合があります。特に上方の関節唇には上腕二頭筋長頭腱が連続しているため、ストレスを受けやすい部位と言われています。
病態
肩の外転―最大外旋位(いわゆる腕がしなった状態)となることで上腕二頭筋の起始部に捻れが生じ、その捻り力が付着部に伝達する“Peel back mechanism”によって上方関節唇付着部の剥離をもたらし、SLAP損傷が生じると考えられています。
投球フォームのレイトコッキング期(非投球側の足が着地し、肩、体幹、股関節が最大限「しなる」まで)にて、肩甲骨の後傾不足や胸椎の伸展不足(胸を張れていない状態)が生じていると、肩関節は過度の外旋を強いられることになります。すると、上腕二頭筋長頭腱による牽引力や捻れの力が上方関節唇に強く働き損傷される可能性が高くなります。
投球動作では減速期およびフォロースルー期(肩、体幹、股関節が最大限しなってから、ボールが手から離れて投球動作が終わるまで)に上腕二頭筋が引っ張られる力によってSLAP損傷が生じることも考えられています。
オーバーヘッド以外のスポーツとしては、体操競技において逆立ち姿勢で体重を乗せるなどの荷重関節として使用するため、SLAP損傷が認められる場合があります。自覚症状として肩関節内に引っ掛かり感や不安定感、痛みなどがあります。
分類
大きく分けると4つのタイプがあり、その損傷部位によってリハビリテーションのみで対応できる場合や、異なる手術方法が選択される場合があります。
- タイプⅠ:関節窩へ上方関節唇が付着している状態で上方関節唇に毛羽立ちがある。
- タイプⅡ:上方関節唇および上腕二頭筋長頭腱の起始部が関節窩から剥離し、上腕二頭筋―関節唇付着部に不安定性が生じる。
- タイプⅢ:上腕二頭筋付着部が無傷の状態で関節唇のバケツ柄断裂が生じる。
- タイプⅣ:関節唇のバケツ柄断裂が上腕二頭筋腱にもおよんでいる。
治療
基本的には保存療法にてリハビリテーションを行い、競技復帰を目指します。また、損傷の程度により手術が必要な場合があります。手術を行い早期より術後リハビリテーションを開始します。
保存療法
安静
まず局所の安静を図ります。
注射
疼痛や可動域改善目的に行う場合があります。
リハビリテーション
- 局所(肩関節)の関節可動域訓練、筋力訓練を行い、局所の機能改善を図ること
- 全身機能(下肢や体幹など)の改善を図り、局所(肩関節)にかかる負荷を軽減させること
- 肩関節に負担の少ない投球動作やスパイク動作の獲得を行い、局所にかかる負担を軽減させること
これらは早期復帰、再発予防、さらなるパフォーマンスアップといった目的が含まれており必要な要素です。
あくまでの目安として、安静を図りながら肩関節機能の改善、全身機能の改善を図ります。1カ月ごろから投球プログラムを開始し、2~3カ月で完全復帰を目指します。患部安静のみで競技復帰できたとしても、良好な動作や機能が獲得していなければ、再発する可能性があります。
手術療法
鏡視下デブリードマン
痛みの原因や不要となっている組織(損傷し毛羽立った関節唇)を物理的に除去します。
鏡視下関節唇修復術
分類タイプⅡに対して、剥離した上方関節唇を関節窩に縫合し、上腕二頭筋長頭腱基部を安定させるためにスーチャーアンカー(縫合糸がついた小さなビス)を用いた鏡視下関節唇修復術が主流となっています。
術後リハビリテーション
損傷部位や範囲、手術方法などによって安静期間・復帰時期は異なります。
術後の流れ(プロトコル)
術後~4週
患部に負荷が掛からないよう炎症管理や日常生活管理を行います。手術後、約2週間は夜間を含めた日常生活において装具を使用し、肩関節をできるだけ安静に保ちます。
可動域訓練は手術翌日から開始し、可及的速やかに肩関節可動域の再獲得を図ります。筋力トレーニングは、患部外を積極的に行います。
術後4週(術後1カ月)~術後2カ月
可動域訓練は、肩関節の外転―最大外旋位がしっかり獲得できるよう努めます。筋力トレーニングは、術部に過度な負荷のかからないよう低負荷から段階的に開始します。上腕二頭筋にも少しずつ負荷をかけた運動を行います。またランニングなど全身運動を積極的に開始します。野球の場合、投球動作以外の走行練習や捕球練習なども開始していきます。
患部や全身機能の改善を図りながら、投球プログラムを開始します。術後2~4カ月で全力投球ができるよう目指します。
術後4カ月~6カ月
投球練習や実戦練習を行い、復帰を目指していきます。
競技特性を考慮したリハビリテーション
野球
投球障害肩として症状を有する場合には肩甲骨周囲の柔軟性・筋力の低下や、普段の姿勢の悪さから猫背などの背骨の問題があります。また肩甲骨の位置が本来よりも離れたり下がったりしていることにより負担が掛かってしまう要因が認められます。
患部である肩関節だけではなく、全身的な問題点を見つけ出し、投球動作に必要な“しなり”を作るための身体づくりを実施する必要性があります。またそれが実際の投球動作に反映しているのかを3次元動作解析装置などを用いて分析し、投球動作指導を展開していきます。
バレーボール
バレーボールにおけるスパイク動作で発症する場合があります。野球の投球動作と同様に肩甲骨周囲の可動性、全身の筋力や柔軟性の改善は、質の高い、安全なスパイク動作獲得のために必要です。
スパイクを打つためのジャンプする位置や高さの違いなどにより、スパイク姿勢が変わってしまい、肩関節に過度なストレスがかかってしまう場合があります。テイクバックの際、肩関節に負担をかけないために胸や腰のしなりが必要であったり、身体のひねりや空中で姿勢を安定させるための体幹の筋力が重要となります。