洛和会ヘルスケアシステムは「医療」「介護」「健康・保育」「教育・研究」の総合ネットワークです。

洛和会ヘルスケアシステム

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70thロゴ洛和会ヘルスケアシステム 創立70年記念サイト

ごあいさつ

通過点 70周年

洛和会ヘルスケアシステム 理事長 矢野一郎

1950(昭和25)年4月。陸軍軍医の生き残りとして帰ってきた父 初代 矢野宏理事長が、故郷の兵庫県 丹波篠山 大芋村を出て、大志を抱き、京都の下京区木賊山町(現在の洛和会ヘルスケアシステム 矢野医院の場所)で、診療と往診をする小さな医院を開業してから、70年が経ちました。
それから、矢野病院、洛和会丸太町病院、洛和会音羽病院と経て、現在 職員数5,100人、施設・事業所数173カ所の洛和会ヘルスケアシステムに成長を遂げ、「医療」だけではなく「介護」「健康」「保育」「教育」「研究」をカバーするネットワークになりました。

この結果は、いったいこれまでの何がそうさせたのだろう、と思うことがあります。
先代理事長の急死に伴い、31歳で2代目理事長に就任せざるを得なくなり、西も東もわからず走ってきた40年でした。私の生き方と同じように、洛和会ヘルスケアシステムも、時代のニーズに合わせるかのように変化してまいりました。

私の好きな言葉に「今日が昨日とちがう、明日が今日とちがう」というのがあります。
この言葉のように、洛和会ヘルスケアシステムは、常に変化をとげてまいりました。でも、70周年を機に、変わらねばならぬと思っています。規模の拡大だけではなく、高品質である「質」の拡大。これが、次の目指す目標ではないかと考えます。個々、個人の力だけではなく、「集団の力」。これを使うべき70周年の壁だと思います。

100周年への通過点としての70周年。
次なる 夢(ゆめ)と誉(ほこり)の組織になることを願ってやみません。

洛和会ヘルスケアシステム
(当時の役職)理事長 矢野 一郎


誰かのために

洛和会ヘルスケアシステム 副理事長 矢野裕典

産む、育つ、学ぶ、働く、治す、介護を受ける、看取る。
産まれてから最期を迎えるまでの多くのライフイベントに、洛和会ヘルスケアシステムは関わっています。地域の皆さまをヘルスケアの側面からサポートしている私たちの活動が、街づくりの一部を担わせていただいているとすれば、そこには「人」がいます。一人一人の幸せのカタチや人生のゴールは違います。100人いれば100通りの幸せのカタチがあります。

一つの目標に向かって皆で進む時代と違い、きめ細かな対応が求められますが、地域の皆さまの幸せの実現に少しでもプラスになるお手伝いができれば、これ以上の幸せはありません。

「もどろう、原点へ。」
2011(平成23)年に増補発行された、理事長矢野一郎による、初代理事長の歩みをまとめた著作「矢野宏・洛和会の道」の副題です。目の前で困っている人を助けたい、少しでもたくさんの人のお役に立ちたいという気持ちが、現在の活動に繋がっていることが記されています。
誰かのためにという気持ちこそが、洛和会ヘルスケアシステムの根底に流れるスピリッツであり原点であると信じています。

変わるもの、変わらないものが目まぐるしく移りゆく時代に、変化に対応しながらも、変わらない根本的な価値を守りたいと願っています。人を幸せにするのは「モノ」ではなく「人」で、人に寄り添うのに一番大切なのは「優しさ」であることを胸に刻んで、新しい時代を共に歩んでいきます。

私自身の介護施設での勤務経験も生かして、ヘルスケア全体をサポートする組織を、理事長を先頭に全力で支えてまいります。世の中の全ての女性が幸せになることが、世の中の全ての幸せに繋がると考えています。
ライフイベントに応じた多様なニーズに、正面から応えていきます。

70年の歩みの中で、さまざまな場面に携わる機会を下さった地域の皆さまに、感謝申し上げます。日々洛和会ヘルスケアシステムを支えて下さっている、地元医師会、大学病院、取引先をはじめ全ての皆さまに厚く感謝申し上げます。そして何より、患者さん・利用者さん・園児さんのために日夜頑張っている全職員とOBOGの皆さまに感謝申し上げます。日々いただくご指摘を大切に受け止め、反省すべきことは反省し、真の意味で「地域とともに」歩んでいけるよう、初心に返り励んでまいります。

皆で紡いだ昭和と平成のバトンを、令和の新時代に発展させ、さらに次の世代に継承できるよう、あらゆる立場の人が100パーセント力を発揮出来る、チーム洛和 ONE RAKUWAを目指します。

洛和会ヘルスケアシステム
(当時の役職)副理事長・医師 矢野 裕典